乾くるみさん「物件探偵」 [本☆☆]
こういう探偵もあり?
「田町9分1DKの謎」「小岩20分一棟売りアパートの謎」「浅草橋5分ワンルームの謎」「北千住3分1Kアパートの謎」「表参道5分1Kの謎」「池袋5分1DKの謎」の6編が収められています。
利回りのマンションを手に入れたはずが、オーナー生活はなぜか4ヵ月で終了。新幹線の座席が残された部屋、HDDから覚えのない録画が流れたり、バルコニーに鳩の死骸を見つけたり。全て何者かの嫌がらせなのか? 格安、駅近、など好条件にも危険が。事故物件をチェックしただけでは見抜けない「謎」を宅地建物取引を極める不動尊子(たかこ)が解明。物件×人を巡る極上ミステリー6話。
(出版社HPより)
よくこんな題材を見つけたなーと感心しました。
「部屋が泣いてます」というセリフとともに現れる不動尊子という女性が探偵役です。
「人から不動さんと呼ばれてます。それが不動産屋の不動産と同じ音であることに縁を感じ、宅建の資格を取ったのが十五才、不動産屋に勤めだし、おかしな症状が出始めて、不動産の気持ちがわかるようになりました」と続けて、各章の登場人物である住民に掛けられた罠を暴き、解決に導きます。
宅地取引に関する専門的な話や制度上の隙間を突いた詐欺のような取引などが不動尊子によって明らかにされます。
へぇーと感心することもあるのですが、ある日突然不動尊子が現れたらイヤだなぁ、とも思いました。
貴志祐介さん「ミステリークロック」 [本☆☆]
ミステリークロック 「防犯探偵・榎本」シリーズ (角川文庫)
- 作者: 貴志 祐介
- 出版社/メーカー: KADOKAWA
- 発売日: 2020/11/21
- メディア: Kindle版
防犯探偵・榎本径シリーズです。青砥純子のトンチンカンぶりに拍車がかかっています。
短編「ゆるやかな自殺」と長編「ミステリークロック」が収められています。
人里離れた山荘での晩餐会。招待客たちが超高級時計を巡る奇妙なゲームに興じる最中、山荘の主、女性作家の森怜子が書斎で変死を遂げた。それをきっかけに開幕したのは命を賭けた推理ゲーム!
巻き込まれた防犯コンサルタント(本職は泥棒!?)の榎本と弁護士の純子は、時間の壁に守られた完全密室の謎に挑むが......(「ミステリークロック」)。
表題作ほか計2編収録。『コロッサスの鉤爪』と2冊で贈る、防犯探偵・榎本シリーズ第4弾。
(出版社HPより)
表題作の「ミステリークロック」はトリックが非常にわかりやすい形で示唆されていますが、仕掛けを見抜くのは難しかったです。
時間軸と空間の関係が複雑で図示されないと理解するには難しいように思います。
青砥純子がぶっ壊れてないか? それを相手にする榎本径の眉間の皴が目に浮かぶようです。
凸凹コンビの掛け合いが楽しいです。
「ゆるやかな自殺」はドラマで映像化されていましたね。自粛期間中に再放送されていたので録画して楽しみました。
シーズン2やらないかなぁ。嵐・大野君次第なんだよね。
千早 茜さん「クローゼット」 [本☆☆]
補修士という仕事があるんですね。
十八世紀のコルセットやレース、バレンシアガのコートにディオールのドレスまで、約一万点が眠る服飾美術館。ここの洋服補修士の纏子(まきこ)は、幼い頃の事件で男性恐怖症を抱えている。一方、デパート店員の芳(かおる)も、男だけど女性服が好きというだけで傷ついた過去があった。デパートでの展示を機に出会った纏子と芳。でも二人を繋ぐ糸は遠い記憶の中にもあって……。洋服と、心の傷みに寄り添う物語。
『冷静と情熱のあいだ』では絵画の修復士という職業を知りましたが、歴史的な服を傷みから救う補修士という職業まっであるとは、世の中は知らないことだらけです。
芳、纏子、晶という性格の異なる3人の男女を中心として洋服を媒介にして物語が進みます。
また、彼らの周囲のベテラン補修士たちや老カメラマンが実にいい歳の取り方をしていて憧れます。
青柳服飾美術館に収蔵されている欧米を含む大量の歴史的な洋服の数々を背景にした膨大な知識や補修技量などが物語の中に溶け込むように必然性をもって語られるさまは千早さんの筆力や情熱を感じます。
芳の幼少期にクローゼットの中で見た光景が纏子との関係性を物語ることは容易に想像がついたのですが、実際に芳と纏子の過去と現在が繋がるシーンは胸が熱くなりました。
生きづらさを感ぜずにはいられない現代において、心の拠り所を見つけるヒントを得たようにも思いました。
江中みのりさん「時は黙して語らない-古文書解読師・綱手正陽の考察」 [本☆☆]
時は黙して語らない 古文書解読師・綱手正陽の考察 (メディアワークス文庫)
- 作者: 江中 みのり
- 出版社/メーカー: KADOKAWA
- 発売日: 2019/12/25
- メディア: 文庫
古文書解読師という魅力的な副題に惹かれて読んでみました。
古文書に傾倒し、周囲から《解読師》と呼ばれる歴史学専修の院生・綱手。研究室で見つかった古文書の返却を任じられた綱手は、瀬戸内海の小さな島を訪れる。同行者のトラブルメーカー・相馬に振り回されつつ返却を済ませた綱手だが、連続殺人事件に遭遇してしまい……。
島に伝わる『白妙姫伝説』を模した殺人、白妙姫の生まれ変わりと信奉される少女、内容が欠けた謎の手記――。
綱手は古文書を読み解き、歴史の陰に隠された真実に光を当てる。
物憂げな《解読師》が紡ぐ、古文書ミステリ!
(出版社HPより)
瀬戸内の島、島に伝わる伝説、旧家…横溝的要素がありますが、そのレベルには至らず。それは高望みというものです。
残念なのは真犯人が早めに、動機も含めてわかってしまったこと。
そして、探偵役は主人公の綱手ではありません。これも残念。
友人の相馬が探偵役ですが、綱手はその考察に深みを与えます。これが意外と新鮮でした。
単なるミステリではなく、古文書解読を通じて過去と現在を繋ぎ、島の人たちを前向きに解決するところに面白さを感じました。
畠中恵さん「むすびつき」 [本☆☆]
生まれ変わり、輪廻転生をテーマにしたシリーズ第17弾です。
「昔会った人」「ひと月半」「むすびつき」「くわれる」「こわいものなし」の5編が収められています。
若だんなは、前世でどんな人だった? 若に会いたい、とつぶやく玉の付喪神。見覚えがあるという貧乏神の金次は、合戦の時代に出会った“若長(わかおさ)”のことを語り始める。鈴彦姫は、縁のある神社の宮司が、一太郎に生まれ変わったのでは、と推理する。さらに、三百年前に前世の若だんなに惚れていたという麗しい鬼女まで現れ――。輪廻転生をめぐる全5話を収録、人と妖との絆が胸に沁みる第17弾。
(出版社HPより)
長くても数十年の人生の人間と、永遠ともいえる(付喪神がそうともいえませんが)命の妖たち。
そういえばそんな話もあったような気がします。
『えどさがし』でしたか。
人と妖のまじわりがはるか昔から続いていたという、輪廻転生によって再び出会うことを信じて妖たちは人の世を生きる。
なんだか切ないように思うんですが、それは人間の命の尺度だからでしょうか。
垣根涼介さん「信長の原理」 [本☆☆☆]
『光秀の定理』に続くシリーズ第2弾です。信長の半生と本能寺の変を信長の側から描きます。
何故おれは、裏切られ続けて死にゆくのか。
織田信長の飽くなき渇望。家臣たちの終わりなき焦燥。
焼けつくような思考の交錯が、ある原理を浮かび上がらせ、すべてが「本能寺の変」の真実へと集束してゆく――。
まだ見ぬ信長の内面を抉り出す、革命的歴史小説! (出版社HPより) うつけと呼ばれた少年時代から、戦いに明け暮れた青年期から壮年期までの思考の原点が幼少期に偶然観察した「働きアリの法則」の発見にあったという着眼点は面白く感じました。 確かにこれをベースに信長の生涯をこの作品で辿ってみると面白いくらい適確に符合します。 観察眼と洞察力、合理性を備えていたからという側面もあるでしょう。 ただ、信長のこの「発見」を家臣の誰もが理解できなかった(秀吉だけは理解していたフシが描かれますが)ことと、逆に「法則」に捉われるあまりに合理性を追求してしまい、佐久間親子の追放があり、光秀による本能寺の変があった、という一連の流れは無理がないように感じました。 次第に畏怖の対象となっていく信長の家臣たちと、まるで生き物のように信長を絡めとるような「法則」が濃密に描かれていました。
吉田修一さん「ウォーターゲーム」 [本☆☆☆]
鷹野一彦シリーズ第3弾です。えー、完結編?
考えるんだ。 たとえ1%でも、可能性があるなら。 晩秋の夜、突如ダムが決壊し、濁流が町を飲み込んだ。 死者97名、行方不明者50名を超える大惨事。 新聞記者の九条麻衣子は、被害を取材するうちに、決壊が事故ではなく大規模な犯罪である可能性に気づき、その夜に町を抜け出した土木作業員の男を探し始める。 一方その事件の陰で、AN通信の鷹野一彦とその部下・田岡は、ダム爆破計画を阻止するべく奔走していた。水道事業の民営化に金の匂いを嗅ぎ取った代議士や国内外の企業によるテロ計画の一部だったが、いつのまにか計画の全てが盗まれ、首謀者が正体不明の人物に入れ替わっていた!? 情報が錯綜し、混乱を極めるなか、九条麻衣子と若宮真司の出会いが、世間を揺るがす大スクープを生み出すことに……。 敵か味方か、嘘か真実か、善か悪か——!? 金の匂いに敏感な男女が、裏切りあい、騙し合いながら、真っ暗闇の“今"を駆け抜ける!
(出版社HPより)
事件のきっかけになった水道事業の民営化については実際に自治体で検討されているようですが、その是非はスルーして、利権とカネが絡んだ末に起こされる連続ダム爆破計画を阻止すべく鷹野と田岡はトム・クルーズばりのアクションを見せます。(ちょっと大げさ)
これぞエンタメというシーンでした。
この事件をきっかけにして主に環太平洋を駆け巡る取り引き、裏切り、駆け引きが展開されます。
一方で新聞記者がAN通信の実像を暴こうとするサイドストーリイが並行します。
風間、AYAKO、デイヴィッドという脇を固めるキャラクターも魅力的です。
なかでもAYAKOは敵なのか味方なのか、本心を悟られずに変幻自在に立ち位置を変えるさまが物語をかき回す役割をこなしています。
更にはテロ計画の首謀者の正体が明らかになるくだりでは、吉田さんのストーリイテラーぶりが発揮されたと思います。
シリーズ続編を希望します。
大山 誠一郎さん「アリバイ崩し承ります」 [本☆☆]
テレビドラマの原作と知り、読んでみました。キャラクター設定や時乃の扱いはドラマのほうがいいですね。
「時計屋探偵とストーカーのアリバイ」「時計屋探偵と凶器のアリバイ」「時計屋探偵と死者のアリバイ」「時計屋探偵と失われたアリバイ」「時計屋探偵とお祖父さんのアリバイ」「時計屋探偵と山荘のアリバイ」「時計屋探偵とダウンロードのアリバイ」の7編が収められています。
美谷時計店には、「時計修理承ります」だけでなく「アリバイ崩し承ります」という貼り紙がある。「時計にまつわるご依頼は何でも承る」のだという。難事件に頭を悩ませる捜査一課の新米刑事は、アリバイ崩しを依頼する。ストーカーと化した元夫のアリバイ、郵便ポストに投函された拳銃のアリバイ、山荘の時計台で起きた殺人のアリバイ…7つの事件や謎に、店主の美谷時乃が挑む。あなたはこの謎を解き明かせるか?
(「BOOK」データベースより)
「時計にまつわるご依頼は何でも承る」という祖父のポリシーを受け継いだ美谷時乃が、ひょんなことから美谷時計店とアリバイ崩しを知った新米刑事が持ち込む様々な難事件を解き明かします。
ミステリですので、あくまで「アリバイ崩し」がメインです。
新米刑事の「僕」が捜査情報を一般人に明かしてしまうという公務員倫理規程違反に悩みながらも迷宮入りしかけた事件を解決すべく時乃に「アリバイ崩し」ときには「アリバイ探し」を持ち込みます。
事件の経緯の説明で5分の4ほどのボリュームを使い、時乃が2行で解決、残りはエピローグです。
「アリバイ崩し」をパズル遊びと捉えればこの展開でもいいと思うんですが、物語を楽しみたいので個人的にはもう少し人を描いてほしいなと思います。
(その意味ではドラマのほうが人物造形はしっかりしていたかなと思います)
続編もあるようなので期待します。