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垣根涼介さん「信長の原理」 [本☆☆☆]


信長の原理 上 (角川文庫)

信長の原理 上 (角川文庫)

  • 作者: 垣根 涼介
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2020/09/24
  • メディア: Kindle版



信長の原理 下 (角川文庫)

信長の原理 下 (角川文庫)

  • 作者: 垣根 涼介
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2020/09/24
  • メディア: 文庫




『光秀の定理』に続くシリーズ第2弾です。信長の半生と本能寺の変を信長の側から描きます。

何故おれは、裏切られ続けて死にゆくのか。

織田信長の飽くなき渇望。家臣たちの終わりなき焦燥。
焼けつくような思考の交錯が、ある原理を浮かび上がらせ、すべてが「本能寺の変」の真実へと集束してゆく――。
まだ見ぬ信長の内面を抉り出す、革命的歴史小説! (出版社HPより) うつけと呼ばれた少年時代から、戦いに明け暮れた青年期から壮年期までの思考の原点が幼少期に偶然観察した「働きアリの法則」の発見にあったという着眼点は面白く感じました。 確かにこれをベースに信長の生涯をこの作品で辿ってみると面白いくらい適確に符合します。 観察眼と洞察力、合理性を備えていたからという側面もあるでしょう。 ただ、信長のこの「発見」を家臣の誰もが理解できなかった(秀吉だけは理解していたフシが描かれますが)ことと、逆に「法則」に捉われるあまりに合理性を追求してしまい、佐久間親子の追放があり、光秀による本能寺の変があった、という一連の流れは無理がないように感じました。 次第に畏怖の対象となっていく信長の家臣たちと、まるで生き物のように信長を絡めとるような「法則」が濃密に描かれていました。
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吉田修一さん「ウォーターゲーム」 [本☆☆☆]


ウォーターゲーム (幻冬舎文庫)

ウォーターゲーム (幻冬舎文庫)

  • 作者: 吉田修一
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2020/08/06
  • メディア: Kindle版



鷹野一彦シリーズ第3弾です。えー、完結編?

考えるんだ。 たとえ1%でも、可能性があるなら。 晩秋の夜、突如ダムが決壊し、濁流が町を飲み込んだ。 死者97名、行方不明者50名を超える大惨事。 新聞記者の九条麻衣子は、被害を取材するうちに、決壊が事故ではなく大規模な犯罪である可能性に気づき、その夜に町を抜け出した土木作業員の男を探し始める。 一方その事件の陰で、AN通信の鷹野一彦とその部下・田岡は、ダム爆破計画を阻止するべく奔走していた。水道事業の民営化に金の匂いを嗅ぎ取った代議士や国内外の企業によるテロ計画の一部だったが、いつのまにか計画の全てが盗まれ、首謀者が正体不明の人物に入れ替わっていた!? 情報が錯綜し、混乱を極めるなか、九条麻衣子と若宮真司の出会いが、世間を揺るがす大スクープを生み出すことに……。 敵か味方か、嘘か真実か、善か悪か——!? 金の匂いに敏感な男女が、裏切りあい、騙し合いながら、真っ暗闇の“今"を駆け抜ける!
(出版社HPより)

事件のきっかけになった水道事業の民営化については実際に自治体で検討されているようですが、その是非はスルーして、利権とカネが絡んだ末に起こされる連続ダム爆破計画を阻止すべく鷹野と田岡はトム・クルーズばりのアクションを見せます。(ちょっと大げさ)
これぞエンタメというシーンでした。

この事件をきっかけにして主に環太平洋を駆け巡る取り引き、裏切り、駆け引きが展開されます。

一方で新聞記者がAN通信の実像を暴こうとするサイドストーリイが並行します。

風間、AYAKO、デイヴィッドという脇を固めるキャラクターも魅力的です。
なかでもAYAKOは敵なのか味方なのか、本心を悟られずに変幻自在に立ち位置を変えるさまが物語をかき回す役割をこなしています。

更にはテロ計画の首謀者の正体が明らかになるくだりでは、吉田さんのストーリイテラーぶりが発揮されたと思います。

シリーズ続編を希望します。

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彩瀬まるさん「眠れない夜は体を脱いで」 [本☆☆☆]


眠れない夜は体を脱いで (中公文庫)

眠れない夜は体を脱いで (中公文庫)

  • 作者: 彩瀬まる
  • 出版社/メーカー: 中央公論新社
  • 発売日: 2020/10/22
  • メディア: Kindle版



陳腐ですが、「繊細さ」を感じる短編集です。

「小鳥の爪先」「あざが薄れるころ」「マリアを愛する」「鮮やかな熱病」「真夜中のストーリー」の5編が収められています。

自分でいることに窮屈さを覚えた人々が夜な夜な掲示板に集い…。“私”とうまくつきあえない、悩める人々を解放する物語。「小鳥の爪先」「マリアを愛する」など全5編を収録する。
自分の顔がしっくりこない男子高校生。五十過ぎに始めた合気道で若い男の子とペアを組むことになった会社員。恋人の元カノの存在に拘泥する女子大生。妻も部下も、なぜ自分を不快にさせるのかと苛立つ銀行支店長。彼らは「手の画像を見せて」という不思議なネット掲示板に辿り着く……。「私」という違和感に優しく寄り添う物語。
(「BOOK」データベースより)

内面や気持ちの移り変わりのこまやかな描写がそれぞれの登場人物に共感を覚えます。

自他の評価のギャップやこうありたい理想とのギャップなど、いくつになっても悩む普遍的なテーマだと思います。

そんな思いを抱えた年齢も職業も異なる彼らが見つけたのがネットの掲示板でした。「手の画像を見せて」というメッセージと、様々な人が投稿した手の写真。
登場人物たちがどんなリアクションをするのか、どんな印象を持つのかが性格が出ていて楽しかったです。

そして、連作短編らしく、最終編ではスレ主が登場して予想外のことが明かされます。
その辺の構成や展開が巧みです。

タイトルの「眠れない夜は体を脱いで」に込められた意味が沁みました。

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小林聡美さん「聡乃学習」 [本☆☆☆]


聡乃学習

聡乃学習

  • 作者: 小林 聡美
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2019/11/27
  • メディア: 単行本



小林聡美さんのエッセイ集です。広い意味で「学習」することを描いた気持ちのいい作品です。

間もなく50歳を迎えようとした頃にスタートし、5年に渡って書き続けたエッセイが、ついに書籍化。
トーベ・ヤンソンや石井桃子さんの暮らしから「ひとりで暮らすこと」を考え、美空ひばりさんと同い年になったことに感慨し、体調に不安を覚えホットヨガや健康体操教室に参加、憧れの山歩きに挑戦したり趣味の俳句を楽しみ、長く一緒に暮らした愛猫を看取り……。
歳を重ねても、無理せずに、でも興味のあることに飛び込みながら、軽やかに丁寧にひとりの日常を送る様子を綴った、くすっと笑えて清々しいエッセイ集。
(出版社HPより)

もっぱらフィクションばかりでエッセイはあまり読まないんですが、小林聡美さんの書く文章は肩の力の抜けた、それでいてお気楽なだけでないキャリアに裏打ちされた視点でのものが多く、手に取ります。

友人や知人、仕事仲間に囲まれて持ち前の明るさとユーモアを発揮しつつも、独り暮らしの寂しさや、老描との別れといったシリアスな出来事を挟み込み、メリハリがきき、記憶に残る作品になっています。

改めて小林さんの才能を感じた作品でした。

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朝井まかてさん「落陽」 [本☆☆☆]


落陽 (祥伝社文庫)

落陽 (祥伝社文庫)

  • 作者: 朝井 まかて
  • 出版社/メーカー: 祥伝社
  • 発売日: 2019/04/12
  • メディア: 文庫



明治神宮造営と「神宮の杜」計画にまつわる明治人たちの物語です。
一介の新聞記者の眼を通して描かれる「明治とは」「天皇とは」が重く伝わってきます。

明治天皇崩御―直後、渋沢栄一ら東京の政財界人は御霊を祀る神宮造営を計画、その動きは巨大なうねりになっていく。一方、帝国大学農科大学の本郷高徳らは、「風土の適さぬ東京に神宮林にふさわしい森を造るのは不可能」と反論、大激論に。東都タイムスの記者瀬尾亮一は、対立を追う同僚に助力するうち、取材にのめり込んでいく…。天皇と日本人の絆に迫る著者入魂作!
(「BOOK」データベースより)

新しい一万円札の肖像画となる渋沢栄一が中心となって進められる一大プロジェクトの物語かと思ったら、まったく違う角度から掘り下げられたストーリイでした。
実に朝井さんらしい市民目線で物語が進みます。

明治天皇の崩御から始まった物語は明治という激動の時代に幕を下ろし、大正という短くも絢爛な文化が華を開きつつも軍靴の響きが遠くに聞こえる時代が描かれます。

三流新聞の記者・瀬尾亮一は神宮造営の取材を進めるうちに「日本人にとっての明治天皇」「明治天皇はこの時代をどう捉えていたのか」ということに興味を抱いていきます。それは近代国家に変貌を遂げようとする日本にその存在を(それまでは御簾の奥にあらせられた)意識させられた日本人の物語でもあると思います。

それはラストの光景と「落陽」というタイトルに集約されます。
最後の一文に込められた想いが重く切なく、読み終えたくないという気持ちになりました。


明治神宮の杜が全国からの献木でできているというのは知っていましたが、その完成は造営から150年先だということを知りました。まだ50年も先なんですね。
久しぶりに参拝に行こうかな。

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千早茜さん「西洋菓子店プティ・フール」 [本☆☆☆]


西洋菓子店プティ・フール (文春文庫)

西洋菓子店プティ・フール (文春文庫)

  • 作者: 千早 茜
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2019/02/08
  • メディア: Kindle版



洋菓子店が舞台ということからポップで華やかな物語かと思ったら、真摯で静かで情熱的な連作短編集でした。

「グロゼイユ」「ヴァニーユ」「カラメル」「ロゼ」「ショコラ」「クレーム」の6編が収められています。

フランスで菓子作りを修業したパティシエールの亜樹は、菓子職人の祖父のもと、下町の西洋菓子店「プティ・フール」で働く。女ともだち、恋人、仕事仲間、そして店の常連客たち―店を訪れる人々が抱えるさまざまな事情と、それぞれの変化を描く連作短編集。巻末にパティシエール・岩柳麻子との対談を収録。
(「BOOK」データベースより)

菓子作りの場面描写とテクニックの数々に圧倒されます。きっと相当な取材と知識を重ねたんでしょう。しっかりとした下地のうえに人間模様というストーリイが出来上がっています。

主人公の亜樹が作る今風で「尖った」洋菓子と菓子職人の祖父の昔ながらの洋菓子━例えばシュークリームの皮の固さの違い━の対比と亜樹の彼氏をはじめとする常連客の反応から、亜樹の「気付き」と成長が描かれます。
それでも職人気質の二人の洋菓子に向かう姿勢は似た者同士というか、DNAを受け継いでいるというか。
なにより、そんな2人を見守り包みこむ「ばあちゃん」がいいです。

亜樹自身と恋人の祐介、パティスリー時代の後輩、常連客といった視点から描かれる作品は商店街のなかの洋菓子店、そこで働く菓子職人を立体的に作り上げていきます。

亜樹が主導してリフォームした西洋菓子店プティ・フールはどんな歴史を刻むのか、何年か後のお店を覗いてみたいと思いました。

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米澤穂信さん「巴里マカロンの謎」 [本☆☆☆]


巴里マカロンの謎 (創元推理文庫)

巴里マカロンの謎 (創元推理文庫)

  • 作者: 米澤 穂信
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 2020/01/30
  • メディア: 文庫



11年振りの「小市民」シリーズです。
表紙を飾る片山若子さんのイラストがかわいい。

「巴里マカロンの謎」「紐育チーズケーキの謎」「伯林あげぱんの謎」「花府シュークリームの謎」の4編が収められています。

「わたしたちはこれから、新しくオープンしたお店に行ってマカロンを食べます」その店のティー&マカロンセットで注文できるマカロンは三種類。しかし小佐内さんの皿には、あるはずのない四つめのマカロンが乗っていた。誰がなぜ四つめのマカロンを置いたのか? 小鳩君は早速思考を巡らし始める……心穏やかで無害で易きに流れる小市民を目指す、あのふたりが帰ってきました!
(出版社HPより)

春期限定いちごタルト事件」「夏期限定トロピカルパフェ事件」「秋期限定栗きんとん事件」ときて、いよいよ「冬季限定~」と思ったら、「春期限定~」の後、船戸高校1年の秋から冬にかけての連作短編集です。
ということは、これで完結ではないってことですね\(^o^)/

ちなみに「巴里」は「パリ」、「紐育」は「ニューヨーク」、「伯林」は「ベルリン」、「花府」は「フィレンツェ」のことです。

小鳩くんの観察力と推理力、小佐内さんの行動力は健在です。
互恵関係を結んだ二人が遭遇する謎はなかなかに難解で面白く、その先に明らかになる仕掛け人や関係者の思いはいい意味でも悪い意味でも人間味があります。
(ただ、既刊のようにダークで後味の悪さを感じることはありませんでした)

小鳩くんの地の文が若年寄りみたいでくすっと笑えます。

続編が楽しみです。



作品に影響されて、マカロンとニューヨークチーズケーキとシュークリームを買ってしまいました。

これはスターバックスで食べたニューヨークチーズケーキ。
美味しかったです。

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恩田陸さん「終りなき夜に生れつく」 [本☆☆☆]


終りなき夜に生れつく (文春文庫)

終りなき夜に生れつく (文春文庫)

  • 作者: 恩田 陸
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2020/01/04
  • メディア: Kindle版



夜の底は柔らかな幻』のスピンオフ短編集です。
久々に恩田さんらしいファンタジー作品を読みました。

「砂の夜」「夜のふたつの貌」「夜間飛行」「終りなき夜に生れつく」の4編が収められています。

僕たちは、同じ種族だ。
永遠に終わらない夜を生きていく種族。

のちに何件もの大規模テロ事件を起こし、犯罪者たちの王として君臨する男、神山。
市民に紛れて生きていた彼を追う雑誌記者が見たものとは――。

強力な特殊能力を持って生まれてきた少年たちは、いかにして残虐な殺人者となったのか。

『夜の底は柔らかな幻』で凄絶な殺し合いを演じた男たちの過去が今、明らかになる。
(出版社HPより)

前作の登場人物が次作の主人公になる、チェーンストーリイになっています。
「イロ」と呼ばれる様々な超能力者「在色者」が多く生まれる途鎖(とさ)国で、軍勇司、葛城晃、神山倖秀がどのように青年期を迎え、現在に至ったのかが描かれています。

恩田さんらしい想像力にあふれていて、それでいて結末が唐突でないのは短編だからでしょうか。なぜ長編だと…(以下自粛)

『夜の底は柔らかな幻』では物語の進行上の必然的な大量の虐殺があったのですが、本作では控えめです。それが登場人物たちの置かれた世界における必然として物語を締める緊張感になっていると思いました。

なかでも表題作の「終りなき夜に生れつく」は好みの作品です。平凡なサラリーマンが人知れずなにかをしている。それを追う週刊誌記者。先の読めない不安さと得体の知れなさが物語を通じて伝わってきました。さすが恩田さん。

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本多孝好さん「dele2」 [本☆☆☆]


dele2 (角川文庫)

dele2 (角川文庫)

  • 作者: 本多 孝好
  • 出版社/メーカー: KADOKAWA
  • 発売日: 2018/06/15
  • メディア: 文庫



「dele」シリーズ第2弾にして、完結編(なのかな?)です。
真柴祐太郎の過去と坂上圭司の過去が交差します。

「アンチェインド・メロディ」「ファントム・ガールズ」「チェイシング・シャドウズ」の3編が収められています。

消えゆく記憶。削除(=dele)された真実。
驚愕と感涙のミステリ、待望の第2弾。
『dele.LIFE(ディーリー・ドット・ライフ)』は、依頼人が死んだときに動き出す。故人より託された秘密のデータを削除するのが、この会社の仕事だ。
所長の圭司の指示を受けて依頼人の死亡確認をする祐太郎は、この世と繋がる一筋の縁を切るような仕事に、いまだ割り切れないものを感じていた。
そんなある日、祐太郎の妹・鈴が通っていた大学病院の元教授・室田から依頼が舞い込む。
難病を患い、新薬の治験中に死亡した鈴。その真相に二人は近づくが……。
(出版社HPより)

構成の妙は本多さんならでは、と思いました。
前作は圭司と祐太郎の関係性やキャラクターが描かれましたが、本作では更に踏み込んで思いもよらなかった彼らの錯綜する過去が明らかになります。

そこに横軸としてデータ削除の依頼が絡んで「死」と残された人の「想い」に思いを馳せずにはいられません。

必然としての彼らの関係性の終わりは名残惜しいものがあります。

ドラマも見ておけばよかった。

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浅葉なつさん「どうかこの声が、あなたに届きますように」 [本☆☆☆]


どうかこの声が、あなたに届きますように (文春文庫)

どうかこの声が、あなたに届きますように (文春文庫)

  • 作者: 浅葉 なつ
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • 発売日: 2019/09/03
  • メディア: 文庫



初読みの作家さんです。
タイトルだけで読んでみましたが、大当たりです。声の世界を通して伝えるハートウォーミング・ストーリーです。

地下アイドル時代、心身に深い傷を負い、鎌倉の祖母のもとでひっそりと生活を送っていた20歳の小松奈々子。そこに突然現れたラジオ局のディレクター黒木から、番組アシスタントにスカウトされる。初日の生放送は、後に「伝説の十秒回」と呼ばれる神回となり、かつてラジオ界で絶大な人気を誇ったパーソナリティの片鱗を感じさせるものだった……!?
大食いのアナウンサー、演じるキャラに疲れている女性芸人、売れっ子のオネェタレント…。様々な仲間に囲まれ、時に黒木と罵り合いながら、奈々子はラジオの世界に向き合っていく。それは自身の傷や、過去とも対峙しなければならなかったが、奈々子が生き直そうと決めた「小松夏海」の存在は、次第に黒木たちをも巻き込んで、確かなムーブメントとなっていく。そしてその言葉は、子どものできない夫婦や、大人になることの意味を考える高校生など、切実な日々を生きるリスナーたちの、ほんのわずかな未来を動かし始めていた。
「いいか小松、ラジオにはテレビやネット動画と違って映像がない。映像という明確なものがない分、リスナーはそれを補って想像する。そうして頭の中で想像されたものは、誰にも否定されないし奪えない。だから想像させろ。リスナーに、姿の見えないお前を想像させるんだ」(本文より引用)
ラジオの魅力と、傷を抱えた人々が織り成す、あたたかな小気味よさあふれる物語。
(出版社HPより)

元地下アイドルで人間不信に陥っていた菜々子が小松夏海と名前を変えてラジオのパーソナリティとして成長していく8年間の物語です。仕事を通じて仲間と友人を得て心の傷を癒すだけでなく強くなっていく過程が描かれます。

表紙に描かれているように、ある事件がきっかけになってマスクを手放せなくなった夏海が得たラジオのパーソナリティという職業はうってつけで、彼女を見出したディレクターの黒木の慧眼だけでなく彼女自身の努力や「ラジオの世界に居たい」という熱意も伝わってきます。
それは、一方向だとばかり思っていたラジオという媒体が実は双方向になる可能性を持ったメディアであることに気付きました。

構成バランスの悪さとご都合主義的な展開が見受けられるものの、それ以上にラジオの力を信じて情熱を燃やすラジオ局員たちと様々な困難を乗り越え、温かく見守る祖母やリスナーたちの声なき声に囲まれて夏海がトラウマを克服していく過程は感動します。
そして、8年という歳月が登場人物たちにとって必要な時間だったのだと気付いて、作者の仕掛けに名得しました。

放送内容は結構無茶苦茶なことをやっていますが、本当にこんなラジオ放送ってあるんでしょうか。

明るく前向きな気持ちにさせてもらえる作品です。

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