宇月原清明さん「天王船」 [本☆☆]
歴史っていうのは、それ自体が不完全なものだと思っています。
勝者あるいは偽政者の視点で語られるものであり、後世に歪曲されることも破棄されることも
あるでしょう。当然、語られる歴史は一部分でしかなく、隙間を埋める余地というのは十分に
あります。
フィクションであれば、想像力の働かせる場所が十分あるのだと思います。
デビュー作「信長 あるいは戴冠せるアンドロギュノス」もそうでしたが、史実を捩じ曲げずに、
なおかつ非科学(と断ぜられる)なアイテムをもってワクワクしてしまうような作品を読ませて
くれます。1級品の時代伝奇小説と個人的には思いました。
本作は新書版「黎明に叛くもの」に外伝という形で収録されたものを短編集として文庫化した
ものです。
伝奇小説としてのエッセンスや奔放な想像力や歴史の隙間を埋めるような解釈などの醍醐味は
読み応えが足りなく不満でしたが、ちょっと「つまみ食い」したい向きには最適だと思いました。
4編の短中編が収録されています。
戦国時代の梟雄・松永久秀がイスラム教団の刺客集団の一員であり、幻術師 果心居士の
弟子だった、という話「隠岐黒」から始まります。
続いて、松永久秀の織田信長暗殺を企てる「天王船」。
そして豊臣(当時は羽柴)秀吉の「中国大返し」の真相「神器導く」。
最後に元の時代の中国・福州にて、マルコ・ポーロが語る元皇帝チンギス・ハーンの暗殺計画の
話「波山の街―『東方見聞録』異聞」で終わります。
それぞれが場所も異なる独立した話であるのですが、それを繋ぐのが傀儡(くぐつ)と呼ばれる
少女の人形です。
この傀儡と果心居士がチンギス・ハーンの命を狙って元の精鋭部隊と死闘を繰り広げる
「波山の街」のシーンは圧巻でした。読んでいて目の前に映像がイメージできるほどでした。
また、「神器導く」では高松城攻めをしていた秀吉がなぜ本能寺の変を知り得たか、
なぜ毛利軍は中国撤退する秀吉軍を攻撃しなかったかなどの歴史上の謎を解き明かします。
初めの2編は松永久秀の出自などといったエピソード的なものだったのに対して、後の2編は
独立した話として楽しく読むことができました。
かなり分厚いので手を出しかねていたのですが、「黎明に叛くもの」も読んでみようと思います。
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