樋口有介さん「八月の舟」 [本☆☆☆]
高校生のひと夏を描いた青春小説です。なにものでもない、なにものになるのかもわからない漠然とした不安や焦燥感が気怠く蒸し暑い夏の描写とともに伝わってきました。ノスタルジックかという点についてはどうかな、と思いましたが、これは個人的なことですので。
葉山研一は前橋に母と暮らす高校生です。父と姉は家を出ており、教師を辞めてピアノ教室を開いている母と距離を置いた暮らしをしています。斜に構えた性格と突き放した物言いとで変人と思われています。
むやみやたらと暑い夏の日々。研一は悪友の田中の紹介で晶子という同い年の少女と出会います。3人でビールを飲みながら車(無免許)で赤城山にドライブした帰りに事故を起こします。
研一は晶子に惹かれながらも田中と晶子の関係(実際は血縁的に複雑なんですが)が気にかかり、更には中学から思いを寄せる加藤さんを忘れられないでいます。そんなある日、街中で加藤さんと再会し、晶子と加藤さんが同級生だったということで、花火大会を見に行くことになります。
雑踏の花火大会で、研一は酔った勢いで失態を演じてしまいます--。
描かれている時代が1960年代ということで、研一を初めとする登場人物たちはタバコは吸うは、酒は飲むは、バイクは乗り回すわでどこから見ても立派な(?)不良なんですが、牧歌的というか荒んでいないというか、それぞれが屈託を抱えています。
同年代だけだとどうしても閉鎖的・平面的になってしまいますが、研一の母や田中の年の離れた姉、晶子の父親を登場させることで彼らの抱える家庭問題も描かれて、より身近に感じることができます。
また、樋口節とでもいえばいいか、主人公の語り口が「柚木草平」シリーズなど他の作品と似ているので読んでいて妙な安心感があります。軽妙な台詞回しやクスッと笑ってしまう描写などもそのままです。
途中で中学時代の友人が死ぬので「風少女」のようなミステリかと思ったのですが、そうはならずに純粋な青春小説で完結しましたが、肩透かしをくらった感じもなく、むしろ彼らのその後が気になってしまいました。
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