北森鴻さん「蜻蛉始末」 [本☆☆☆]
明治期の政商と称される藤田傳三郎という人は、藤田観光、DOWAホールディングス、南海電鉄、三和銀行の前身の北浜銀行といった今に残る企業の創設者なんだそうです。
その藤田傳三郎を主人公として幕末から維新を商人の眼で見た歴史小説です。
尊皇攘夷から倒幕に傾く幕末の長州で実家が醸造業を営む藤田傳三郎は高杉晋作に傾倒していました。傳三郎は久坂玄瑞、井上馨、山県有朋、伊藤博文といった志士たちを金銭面で支えていました。
その傳三郎の傍らには「とんぼ」と渾名される宇三郎という男がいました。使用人の息子で傳三郎の幼馴染である宇三郎は傳三郎に邪険にされながらも付き従います。
京都に出た傳三郎と宇三郎は蛤御門の変で離れ離れになります。再起を図った傳三郎は大坂に進出します。一方、宇三郎は影の世界へと足を踏み入れます。
全く違う道を歩み始める二人が、再度交錯するとき…。
藤田組贋札事件というのは大坂屈指の実業家となった傳三郎と、傳三郎とつながりのあった元勲・井上馨を追い落とそうとする勢力の仕業だという説があります。この事件を契機に傳三郎が過去を回想する形をとり、光の当たり道を歩む傳三郎と影の世界(フィクション)の住人となる宇三郎それぞれの章が描かれます。
史実に沿って描かれる歴史小説ですが、作者の織り込むフィクションによって物語が面白くなります。この物語では宇三郎というキャラクターが鍵になっています。
嘘吐きで極楽トンボな性格で周囲の人間から邪険にされる宇三郎ですが、物語後半からは全く違った一面を見せ始めます。彼の見せた愛情と慟哭と憎悪には激しく揺さぶられるものがありました。
歴史小説としても、ミステリとしても読み応えがありました。
2011-06-02 11:35
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