絲山秋子さん「スモールトーク」 [本☆☆☆]
自動車雑誌に連載された車をテーマにした(当たり前?)連作短編集です。
絲山さんは、やっぱ上手いです。情景描写についても、心理描写に関しても。車に関してはまるっきり興味がないのですが、それでも引き込まれてしまいました。
ゆうこは会社勤めを辞め、売れない画家として生計を立てています。そこへ、15年前に恋人だった、今は売れっ子音楽プロデューサーとなったカマキリこと本条から連絡が入ります。本条が乗ってきたのはタスカンTVRという見た目も性能も化け物のような車。
その後、本条は次々と車を乗り換えてはゆうこの前に現れます。ジャガー、クライスラー、サーブ、アストンマーチン(007ダイ・アナザー・デイで観た!消える車!)、アルファロメオ…。聞いたことはあるけど、見たことはほとんどない、おそらくは一生縁のない外車の数々。(各章の冒頭に各車の写真が載っていますので、どんな車かはわかります)
そんな個性豊かな車の外観を観察し、内装をチェックし、エンジン音に耳をすませ、ハンドルを握り、ゆうこは辛らつな批評を繰り返します。けれども、そこにはゆうこなりの車に対するはっきりとした理想があり、批評には愛情が込められています。それがゆうこの五感を通して感じられるように思えます。絲山さんは実際にこれらの車を運転したとのことなので、リアルさが増しているのかもしれません。(絲山さんの公式webサイト http://www.akiko-itoyama.com/index.html によると、絲山さん自身、生活の足は車(フィアット)らしいので、車好きなんですね、きっと)
一方で、離婚した本条はゆうことの仲を取り戻そうとしているのですが、ゆうこはそれを突っぱねます。本条との間には先がないことがわかっているからこその行為なのですが、車をとっかえひっかえして誘いをかける本条を断りきれないのでした。
それだけに、ラストの結末は意外というより、強引過ぎる断ち切りかたのような気がしました。ずるずるとこのまま続いてしまうより、いっそのこと…というのはわからないでもないですが、現実にそこまで思い切れるものかな、とも思いました。
車は一時期、生活上の必要性から乗っていましたが、基本的に走ればなんでもいいというスタンスなので、保有していた2台の車に思い入れはなく、この小説で主人公や本条が語ったようなこだわりは一切ありませんでしたが、ゆうこや本条や(そして多分、絲山さんの)車に対するこだわりや愛情はわからなくはないです。
それだけに残されたアルファ145がいとおしく思えました。
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