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早瀬乱さん「三年坂 火の夢」 [本☆☆☆]


三年坂 火の夢 (講談社文庫)

三年坂 火の夢 (講談社文庫)

  • 作者: 早瀬 乱
  • 出版社/メーカー: 講談社
  • 発売日: 2009/08/12
  • メディア: 文庫



江戸川乱歩賞受賞作だそうですが、とても面白かったです。明治期の東京を舞台にしているところが目新しくて、それでいて土地勘のある地名が出てきて、その風景描写が現代の景色と全く違っているのでタイムスリップしたような気持ちになりました。

「三年坂」と「火の夢」の二つの章が交互に語られます。
「三年坂」は奈良に暮らす元士族の息子の内村実之という旧制中学生が主人公です。一高(今の東京大学)を目指している実之には兄・義之がいます。義之は一高を卒業して帝国大学に在籍していましたが、ある日突然大学を辞め、実家に帰ってきます。腹部を負傷していた義之は帰郷してほどなく亡くなります。その数日前に義之は実之に「三年坂で転んでね」という言葉を残していました。兄の言葉の意味するものはなにか、実之は上京して三年坂と兄の死の真相を探ろうとします。
「火の夢」はイギリス帰りの高嶋鍍金が主人公です。一高受験予備校で講師を始めた鍍金は同僚で帝国大学学生の立原と知り合います。海外生活が長かった鍍金は立原からある噂を耳にします。数年前の大火事の最中、都内のあちこちで猛スピードで人力車を曳く俥夫が目撃されていて、その俥夫こそが大火事の放火犯ではないかという噂でした。そして都内を焼き尽くすことのできるポイントがいくつかあるのではないかという説を解き明かすために鍍金と立原は調査を始めます。

日清戦争後で日露戦争前という時代設定に世相はあまり描写されていませんが、近代に突入するという時期の風物は描かれています。そこにノスタルジックさを感じます。
まだ列車は新橋止まりで、移動手段は主に徒歩という時代で、実之は皇居周辺を徒歩で歩き回ります。できなくはない(昔は平気で歩き回ってました)距離ですが、今はちとしんどいかもです。三年坂を探して実之が都内を歩き回るシーンは必然性はあるものの、やや冗長な感じがします。

中世の伝承と近代が接点を持つことで物語が動き出すというアイディアは面白かったです。改めて言うまでもないですが、東京は坂の多い街です。それも神戸や長崎といった一方向へ下る坂の街ではなく、下がっては上がるという谷の多い街です。(この辺は中沢新一さん「アースダイバー」に詳しいです) そんな地理的特徴をうまく利用していると思います。また、家康が江戸に入るとともに大規模な築城と街造りを行っていて(それは今も続いているのですが)、その歴史的背景もしっかりと書かれています。
東京の地理に詳しくない方は地図を脇に置いて読んでも面白いと思います。

ミステリのほうはというと、「三年坂」の謎は面白かったのですが、「火の夢」のタネ明かしはちょっと弱いかな、という印象でした。破綻はないのですが、やられた感もないです。
でも、明治の東京の雰囲気に浸れるだけで楽しい本だと思います。

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