浅葉なつさん「どうかこの声が、あなたに届きますように」 [本☆☆☆]
初読みの作家さんです。
タイトルだけで読んでみましたが、大当たりです。声の世界を通して伝えるハートウォーミング・ストーリーです。
地下アイドル時代、心身に深い傷を負い、鎌倉の祖母のもとでひっそりと生活を送っていた20歳の小松奈々子。そこに突然現れたラジオ局のディレクター黒木から、番組アシスタントにスカウトされる。初日の生放送は、後に「伝説の十秒回」と呼ばれる神回となり、かつてラジオ界で絶大な人気を誇ったパーソナリティの片鱗を感じさせるものだった……!?
大食いのアナウンサー、演じるキャラに疲れている女性芸人、売れっ子のオネェタレント…。様々な仲間に囲まれ、時に黒木と罵り合いながら、奈々子はラジオの世界に向き合っていく。それは自身の傷や、過去とも対峙しなければならなかったが、奈々子が生き直そうと決めた「小松夏海」の存在は、次第に黒木たちをも巻き込んで、確かなムーブメントとなっていく。そしてその言葉は、子どものできない夫婦や、大人になることの意味を考える高校生など、切実な日々を生きるリスナーたちの、ほんのわずかな未来を動かし始めていた。
「いいか小松、ラジオにはテレビやネット動画と違って映像がない。映像という明確なものがない分、リスナーはそれを補って想像する。そうして頭の中で想像されたものは、誰にも否定されないし奪えない。だから想像させろ。リスナーに、姿の見えないお前を想像させるんだ」(本文より引用)
ラジオの魅力と、傷を抱えた人々が織り成す、あたたかな小気味よさあふれる物語。
(出版社HPより)
元地下アイドルで人間不信に陥っていた菜々子が小松夏海と名前を変えてラジオのパーソナリティとして成長していく8年間の物語です。仕事を通じて仲間と友人を得て心の傷を癒すだけでなく強くなっていく過程が描かれます。
表紙に描かれているように、ある事件がきっかけになってマスクを手放せなくなった夏海が得たラジオのパーソナリティという職業はうってつけで、彼女を見出したディレクターの黒木の慧眼だけでなく彼女自身の努力や「ラジオの世界に居たい」という熱意も伝わってきます。
それは、一方向だとばかり思っていたラジオという媒体が実は双方向になる可能性を持ったメディアであることに気付きました。
構成バランスの悪さとご都合主義的な展開が見受けられるものの、それ以上にラジオの力を信じて情熱を燃やすラジオ局員たちと様々な困難を乗り越え、温かく見守る祖母やリスナーたちの声なき声に囲まれて夏海がトラウマを克服していく過程は感動します。
そして、8年という歳月が登場人物たちにとって必要な時間だったのだと気付いて、作者の仕掛けに名得しました。
放送内容は結構無茶苦茶なことをやっていますが、本当にこんなラジオ放送ってあるんでしょうか。
明るく前向きな気持ちにさせてもらえる作品です。
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