柴崎友香さん「千の扉」 [本☆☆]
新宿にほど近い大規模団地を舞台にした作品です。その意味ではタイトルはそのままですね。
39歳の千歳は、親しいわけでもなかった一俊から「結婚しませんか?」と言われ、広大な都営団地の一室で暮らし始める。その部屋で40年以上暮らしてきた一俊の祖父から人捜しを頼まれ、いるかどうかも定かでないその人物を追うなかで、出会う人たち、そして、出会うことのなかった人たちの人生と過去が交錯していく……。
(出版社HPより)
主人公の千歳の視点で描かれる、新宿にほど近い都営団地の淡々とした暮らしぶりが、次第にそこで生まれて育って暮らしたある男性の生活の断片が物語にゆっくり侵食されていきます。
何気ない日常を関西弁でゆるりと描く心地よさが柴崎さんの作品の魅力でしたが、今作では多くの住民たちの日常や暮らしの中で積み重ねてきた歴史といったものが混在となって描かれていて、ただ心地いいだけでなく、日々の営みに思う愛おしさのようなものを感じました。
団地なので基本的には個々に閉ざされているのですが、千歳が義理の祖父に頼まれて音信不通の住人を探すことで様々な住民たちと接点が生まれ、物語が動き始めます。
やがて現在のストーリイに加えて、一俊の祖父の視点での終戦後から団地造成の頃のストーリイが加わり、多くの人の記憶が描かれていき、読み手としては軽い混乱に陥りました。
ただ、その構成が土地の記憶というか、その地に暮らす人々の営みの地層の上に成り立っていることを実感して物語がより深く面白くなりました。